Amigos No.93-3
2010年12月
山田 恵美
日帰り旅行の定番アンティオキア
ペルーの人たちがリマから行く、一般的な日帰り旅行の定番といえばアンティオキア旅行。
古くて、窓があったり無かったり、もちろんエアコン無しのバスにゆられて・・・片側が崖の細い道を延々バスにゆられて・・・
揺られるというよりは強引な運転で揺さぶられて・・・片道2時間弱。
アンティオキアには興味があるものの、古いバス、細い道、無茶な運転、これは避けたい。そう思っていると、
知り合いのガイドさんが案内してくれるとのこと。車と運転手は自分たちで用意して、プライベートツアーの様にしました。
これが正解。パワーのある車なので、片道1時間弱。乗り心地ももちろん良いし、楽しかったです。
「手つかず」の遺跡に立ち寄る
時間にも余裕があったので途中、手付かずの遺跡に立ち寄りました。そこは幻想的で、素敵でした。
ただ、パキッと音がするたびにドキドキ。その音の正体は、土器を踏みつぶす音だったり、まさかの人骨だったり・・・。
できるだけ立ち入らないように気をつけながら丘の上にある展望台のような場所から、小さな町を見下ろしました。
ガイドさんからの説明でそこは昔、川だったと地形から分かり、感動。そうこうしながら、とても可愛い町、アンティオキアへ到着。
昔、町おこしのために、家の壁、教会の壁、学校の塀、などなど、至る所にペイントが施された所なので、色も柄もとっても可愛いのです。
トイレは過酷!?
立ち寄ったトイレは、限りなく外に近い感じの作りで、男女共用。こういう点が、ペルーの田舎では過酷。 友達と交代で、他の人が入って来ない様入り口で見張りながら無事終了。いざ、お土産!!って、なにもない。 ペルーとはまったく関係の無い絵だったり、アンティオキアとはかけ離れた風景のはがきだったり、 リマでも買えるお菓子だったり、恐ろしい顔の大きめな人形が置いてあったり・・・。 ガイドさんが、ここはジャムが美味しいんだと、5本ぐらい買っていましたが、大きすぎて日本の一般家庭には不向きな量なので、断念。 ガイドさんと、観光地に人を呼び込むためには、あの町には何が必要か、何ができるかを話し合いながら家路に着きました。 とても考えさせられる、そして、充実した日帰り旅行でした。
ワラスへ
車で8時間。そのうち山道が7時間。過酷でしたが楽しい旅行でした。
ワラスは標高3028Mの高地。ペルー最高峰のワスカラン(6768M)を望む高原の町。
町から5kmのところにはモンテレイという温泉があり、ワスカラン国立公園に指定されているヤンガヌ湖はエメラルドグリーンの美しい湖。
季節によっては湖畔から間近に迫る氷河を望むことができる、美しい場所。
現地ツアーなら、安い。1500円
現地のツアーに参加して、チーズ工房、アイスクリーム工房、陶器工房、そしてメインのヤンガヌ湖へ行ってきました。 ホテルまでの送迎付き、朝8時出発夕方7時戻り、昼食は自己負担で、ツアー代は1500円。 ガイドはほとんどがスペイン語とちょっとだけ英語でしたが、現地ツアーは本当に安い! 湖ではボートに乗り、晴天のもと美しい自然を満喫。岸にはお約束の民族衣装を着たアルパカ。 こそっと隠し撮りをしたらバレてしまい、結局はお金を払ってちゃんと撮ってもらうことに。それが200円。
暖炉とサウナ付きのホテル
ホテルでは、暖炉とサウナ付きにアップグレードしてもらい、ゆっくりと休めました。暖かく、そして優しい炎の明かり。
火をおこすのがとにかく楽しかったです。簡単で。
そして、電気代がうぅ~んと安ければ家に設置したい! と思わせるサウナ。
ワラスでは、部屋も満喫できました。
いよいよ帰国の時に
ペルーでは、首都リマをはじめ、アマゾンや田舎町を堪能し、他の南米諸国もそこそこ訪れて楽しんだ頃、帰国が決まりました。
さて、引越しの準備です。後任の方への引継ぎに忙しい夫には期待できないので、ペルー人のお友達に手伝ってもらいました。
余った日本食は日本人の奥様達に貰って頂き、大変喜ばれました。
日本食材を扱うスーパーでは日本の3倍の値段ですし、期限切れでも安売りせずに販売されていますから・・・。
家電製品は、夫の会社の方々が譲って欲しいとのことで、みるみるうちに家から物が無くなっていきました。
そんな中、運転手君も日本製の物を欲しがり、現金を頑張って工面しては、引き取っていきました。
大活躍だったホームベーカリも運転手君が買っていきました。これで作ったパンを食べてもらったことがあったので、欲しかったのでしょう。
使い方をスペイン語で書いてあげたら喜んでいました。
そして、もう着ないだろう洋服や、使わないであろう小物は手伝ってくれた友達と、仲良しのペルー人友達とで分けて持ち帰ってもらいました。
捨てるのは抵抗があるけれど、誰かが持っていってくれると、すがすがしいですね。
食品も、電気製品も、洋服もなにもかも、日本製はすばらしいのでしょうね。みんなとても喜んでくれました。
帰国が決まった時は、もうちょっと暮らしたかったな〜と名残惜しい気持ちでした。
主に楽しかったことを書いてきましたが、色々な制限があったり、言うことを聞いてくれない運転手とのやり取りがあったり、
それなりのストレスもかかえてきた2年半。
でも、将来また機会があれば戻りたいと思える丁度いい期間だったのかもしれません。
優しかったペルーの人々、恩返しは?
振り返ってみると、色んな衝撃を受けたものの、やっぱりペルー生活は楽しかったです。
それは、ペルーのほとんどの人が優しかったから、だと思います。色々と助けてもらって、楽しませてもらったペルーに恩返しができるよう、
何ができるでしょうか?
CALOでの活動はもちろんのこと、もっと出来ることがあるかもしれません。それをこれから、考えていきたいと思います。
短い間でしたが、ありがとうございました。
(完)
やまだえみ:
大阪府出身の主婦。夫の仕事でペルー・リマに3年。昨年、9月に帰国。 |
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