Amigos No.104-1
2013年9月
ペルー活動2013 (2013年3月15日〜25日)
これからのCALOの活動はどうなるのか、
どうするのかを見据えての見学や働きかけが盛沢山な忙しい日々となりました。
3月に行ったのですが、先の号(6月発行分)では総会の報告に大方のページを割かれてしまい、
詳しい報告が出来ませんでした。それで、この号と次の12月発行分とで出来るだけ詳しく報告させていただきたいと思っています。
この号では、CALOの算数ドリルを使って勉強した子どもたちが卒業してからどんな思いを持っているのかをインタビューした様子、
日本人学校の訪問などを報告します。
CALOの算数ドリルで身に着いた基礎学力
<コマスとインデペンデンシア校の卒業生に会って>3月16日
ロサ オチャンテ(CALO会員)
今年3月、ペルーでの絵本や算数ドリル配布活動に参加しました。私にとって、これが3回目の現地活動になり、4年ぶりに帰国することが出来ました。
CALOの活動が始まってから20年経った今年までに、のべ数千人のペルーの子どもたちに算数ドリルを配布することができました。
訪問する度に、子どもたちの勉強する様子、算数ドリルや絵本をもらった時の彼らの笑顔も数えられないほど見てきました。
しかし、CALOの算数ドリルを使った子どもたちの卒業後の状況はどうなっているのか、実際算数ドリルをもらって役に立ったのかと疑問に思ってもいました。
そのため、今回、学校訪問事業以外に、卒業生と会う時間を作りました。
泊まっていたペンションの近くの喫茶店で、コマス校とインデペンデンシア校の卒業生6人と校長先生二人に会って、インタビューすることができました。
約2時間にわたって、
絵本や算数ドリル、CALOが訪問した時の思い出や将来に対する夢を語ってもらいました。
卒業生は13歳(2人)から15歳(4人)までの中等教育(5年生まであり、日本の高校2年まで)
の生徒で小学校での6年間CALOの算数ドリルを使って勉強していました。
インデペンデンシア校からの4人の生徒は公立の中等学校で勉強していて、コマス校の2人は奨学金をもらって、
私立の学校で勉強をしています。彼ら6人とも算数ドリルのことを良く覚えていて、
算数ドリルで勉強したから、算数が好きになったり、得意になったりしたことを語ってくれました。
また、「自由に書きこむことができたのが嬉しかった」とほとんどの子どもたちが語りました。
政府から受ける教科書は次の学年の子どもも使うこととなるため、書き込むことが出来ず、
また1冊の本を4年間使い回しするために、ページが抜けていることや、きれいな状態ではなかったようだ。
そのため、自由自在に使うことができ、「自分の物」となっていたCALOの算数ドリルは、彼らにとって貴重なテキストでした。
また、「国からの教科書より、CALOの算数ドリルの方が分かりやすく、絵やグラフで刺激を受け、方式や方法などの説明もありました。
自分で問題を解くことができたので、役に立ちました」とほとんどの卒業生が語りました。
家に持って帰り、1人でどんどん進めていましたと語ってくれた者もいました。
インデペンデンシア校の校長は、先生たちが、生徒はもちろん、保護者にも、
他の学校の先生方にも指導の仕方やドリルの使い方を説明したと述べられました。
コマス校の卒業生2人は、小学校での算数と国語の成績がよかったため、小学校と協定を結んだ私立学校の全面的な授業料免除を受けることができました。
彼らは、CALOの算数ドリルで勉強をして、基礎的な学力が身に付いているため、私立の中等学校に入っても勉強に困ることがないと語ってもくれました。
インデペンシア校の卒業生も中等学校の勉強は難しいこともあるが、数学に関しては大きな問題はなかったと語っていました。
また、算数ドリルの表紙に載っている日本の伝統的な遊びの絵、「こま、折り紙」などがすごく目立っていて、
今でも印象に残っていますと話してくれました。
絵本に関しては、コマス校の卒業生はとても印象に残っていて、小学校3年生の時、
友達と一緒に「大きなかぶ」の劇をしたと懐かしそうに話してくれました。
また浴衣を着せてもらった時の思い出など楽しそうに語ってくれました。「CALOのみんなが学校を訪問するときに、とても楽しみに待っていた」。
歓迎するためのダンス、ペルーと日本の旗や、
親と一緒にお土産を作ったりしたことをも今でも覚えているとインデペンデンシア校の卒業生が話してくれました。
卒業生に将来の夢を聞くと、ほとんどは大学に進学して「会計、工学、医者」の勉強がしたいと語りました。
中には数学が好きなので、数学と関連するような勉強がしたいという者もいました。
彼らは、安定的な職業を得て、可能であれば、二つめの職業を持ちたいという夢を持っています。
また日本にも関心を持ち、優れた日本の技術を学びたいと留学する意志も持っています。
コマス校の卒業生で中等教育の最後の学年にいる生徒は、予備校に入って今年の12月にサンマルコス大学
(日本の東京大学に相当する名門大学)に受験すると話してくれました。
彼らが将来の夢を語るときの表情は輝いていて、遠いそして不可能な夢としてではなく、
身近で現実的な夢として語っていました。
彼らは同期の学生と同じように、音楽を聴いたり、スポーツをしたり、K-popのアイドルが好きになったりはしているけれど、
確かな将来の夢としっかりした考え方を持っています。
インタビューの最後に卒業生たちは、「これからも支援し続けて欲しい。私たちも受けた教育支援を後輩たちにも与えて欲しい」と語りました。
私たちからも、頑張って勉強を続けて欲しい、いつか彼らも支援する側になり、
これからの子どもたちになんらかの支援をしていくことを願っていると伝えました。
インタビューを通して、彼らが日本や日本人をとても好意的に、身近に感じていると感じました。
彼らはこのグローバルな世界において、日本と交流を持つ機会があるでしょう。そのとき、きっと彼らは両国の架け橋となってくれると思います。
算数ドリルを手渡す相手、小学生の顔ばかり見ていた私たちでしたが、今回こうして卒業生たちに会って話を聞いて、
今までのCALOの活動がこうして未来を作る青年たちの成長に少しでも貢献できていることを実感し、嬉しく思いました。
“日本からペルーに帰り、日系人学校に来る子が増えていた!”
LA VICTORIA (ラ ビクトリア)校訪問
坪内 好子(CALO会員)
2013年3月26日午前9時10分LA VICTORIA校(日系人学校)着。
CALOの算数ドリルや絵本の配布活動に参加して4回目、毎回ほぼ同じ学校を訪問してきました。
国立、私立などの違いがあるとはいえ、ともすればペルーの学校はこんな感じだと思ってしまいがちです。
が今回は日系人学校、日本人学校という異なる特徴をもつ学校訪問や家庭訪問を行い,
日本との関係性について考える機会がありました。
創立65周年(1948年〜)というLA・VICTORIA校には、
実は6年前CALOとは別に友人の紹介で一度訪問したことがあり、CALOの活動で訪問する学校に比べると、
一定の学校経営を感じさせてくれる学校です。
言い換えれば、経済的基盤の違い、衣・食・住をどれだけ整えられるか等の違いともいえそうです。
その頃はリマの中心部セントロ近くにあり、日本からの子どもたちの数もそう多くはありませんでした。
今回訪問してみると、学校の場所が変わっただけでなく以前とはちがい子どもたちの数が大幅に増えていました。
日本で学習していた子たちが何人かペルーに帰ってきてスペイン語と日本語を学んでいた状況でしたが、
リーマンショック等の影響で増えているとは聞いていました。
ところが、さらに一昨年から今年にかけて50人ほどの子どもたちが学校にやってきたというのです。
理由は3・11東日本大震災です。それまで20年間日本に住んでいて定住予定だったが大きな地震による不安と恐怖で日本にいることができず、
ペルーにやってきた(帰ってきた)という例もありました。日本語の先生も5名と増えていました。
教室の数も多く、カウンセラーの先生も常駐し運動場も広くなっていました。
休憩時間に廊下を歩いていくと、「日本語を話したい」という子どもたちが私たちを見つけてしきりに話しかけてきました。
日本の学校で頑張っていたこと、学年やどこにいたかなど何でもない様な話をひとしきりしました。
ふと気がつくと話をする順番を待っている子たちがいました。
日本で一生懸命日本の学習や文化になじんできて、
ある日突然ペルーに帰ることになってしまった子たちです。中には、今度はペルーの学校になじめず、
ストレスがたまり不登校に陥ってしまった子どもたちもいたそうです。が、
しばらく時間をかけて対応してだんだん解消しているとのことで少しほっとしました。
ペルー滞在の前半では、自分たちの生活も大変なのに、
日本の地震や津波にあった子たちを心配する心にほろりとさせられ、後半では自分たちの意志ではどうにもならないが、
今を頑張っている子どもたちの姿にパワーをもらいました。
国や言葉が違っても前向きに一生懸命生きていこうとする姿は同じだなあとつくづく感じました。
今回もCALOの活動から新鮮な体験をしました。
ありがとうございました。
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